オランダ家社長ブログ

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“甘味”はおいしさの代表選手!?

前回、辞書で調べると“うまい”には、“旨い”“美味い”の他に“甘い”があるというお話をしました。
ということは、“美味い”と“甘い”とは、同義語であり、しかも“甘味”はおいしさの代表選手のような扱いですね。他にもおいしい味があるのに、特別な存在ということになるのでしょうか。

英語の ”Sweet” という言葉も、辞書を引くといろいろな意味があります。
「甘い」という意味のほかに、「やさしい」「かわいい」「愛らしい」「好感の持てる」「心地よい」「おいしい」等すばらしい意味があり、たいへん肯定的な言葉として使われています。
どうやら洋の東西を問わず、甘味は世界共通に人を喜ばせるもののようです。

そして、お菓子は、「私達人類が、このように大切な”甘味”を楽しむために、紀元前22世紀から、ありとあらゆる工夫をこらして作り続けてきた貴重な創造物である」と言えるかもしれません。

甘いものなら、自然に存在する果物や蜂蜜等でも十分おいしく摂取できるのに、わざわざ自分達の手でこねくり回し、加工してまでも、お菓子というものを創造し、愛し続けてきた理由―――それは、おいしさを通して感じる喜びを、もっと豊かに味わいたい、しかももっとたくさんの人達と分かち合いたいという思いからだったのではないでしょうか。 

もしかしたら「お菓子はおいしさへの願望の象徴」のようなものかもしれません。

そう考えると、菓子屋として、「皆様のご期待にこたえられる、おいしい菓子を作りたい」、とあらためて襟を正し、使命感を感じる次第です。

よく、「おいしくて当たり前」と言われます。私達も一生懸命おいしい菓子作りに励んでいるつもりです。しかしながら、なかなか100点はとれないものです。結構難しいものです。

それでは次回から私の考える「おいしさ」について、お話して行きたいと思います。


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お菓子の起源と“甘さ”について

さて、今回はいよいよお菓子を話題に、お話を進めてゆきたいと思います。
お菓子(スイーツ)の起源のついては諸説あるようですが、皆さんに親しみやすい“ウィキペディア”によると

「紀元前22世紀頃の古代メソポタミアの新シュメール時代、マリ王朝の宮殿跡から『うずくまるライオン』の菓子型が出土している。『楔形文字』の解読研究によるとマリ王朝には『メルスの製造者』という職業があり、『メルス』は練った生地にナツメヤシやピスタチオ、干しイチジクや干しブドウ、蜂蜜や各種の香辛料を混ぜ込んで焼き上げたものだとされている事が解り、これが現代の焼き菓子につながるものだとも考えられている。」

ということです。こんなに大昔から、現在に至るまで、綿々と愛され続けているのですね。
どうやらお菓子に対する人類の執着の強さは生半可なものではないようです。
お菓子は、あくまで嗜好品です。私たちが生きて行くために必要な、栄養をとるための食べ物ではないのです。
では、いったいどうしてこんなに愛されているのでしょうか。


実は、私達人類、(もしかしたら他の哺乳類達もそうかもしれません)は、生まれたときから“甘党”だということです。
私達が生まれて間もなく口にする“おっぱい(乳)の甘味”こそ、最初に強く惹かれる味であるそうです。ですから甘味に対して“おいしい”と感じるのは先天的なものなのですね。

「“甘さ”という味覚は、舌の先端と表面にある受容体によって脳に伝えられ、脳が識別し、生まれた後もずっと快楽の概念と結びついている」そうです。

“辛党”の方は、後天的に身につけた「好み」なのかもしれませんね。


ところで皆さん“うまい”という言葉を辞書で引いてみると、“旨い”という字のほかにもう二つ“うまい”と読む字があるのをご存知ですか?
私も驚きと同時に菓子屋の使命を改めて感じてしまいました。
それは、“美味い”という字(この字は、皆さんよくご存知だと思います)と、なんと“甘い”という字なのです。
私にとっては背筋に電流が走るような衝撃でした。


ちょっと尻切れトンボで申し訳ありません。
今回は、ここまでにしたいと思います。また次回に続きを進めてゆきたいと思います。


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